営業スマイルができない私が、15年かけて気づいたこと

「色々考えてくださってありがとうございます」
電話口でそう言われた時、少し驚いた。
お客様が希望されていたケーキは、季節限定品でもう販売が終わっていた。シェフに相談して、できるだけ近いものを提案しただけだ。
大したことをしたつもりはなかった。
でも、なんだか妙に嬉しかった。
病院の受付を10年以上やってきた。患者様に「ありがとう」と言われることも、もちろんあった。
でも今感じているこれは、少し違う気がした。
顔を合わせていない。営業スマイルもしていない。ただ電話で、一緒に考えた。それだけで、こんなに気持ちが楽なのか——と思った。

思い返せば、最初に働いた飲食店はテーマパークの中にあった。
上司は明るい人で、職場の雰囲気も悪くなかった。パーク全体に独特の空気があって、自分もその中に溶け込めていた気がする。
20代で、まだ何も知らなかった。だから「自分は接客が苦手かもしれない」なんて、考えたこともなかった。
病院に移って、少しずつ気づいていった。
真剣に話を聞く顔が、「怖い」「感じが悪い」と受け取られることがある。
マスク越しだとさらに伝わらない。患者様は不安を抱えて来られている。求められる表情や態度のハードルが、飲食店とは違った。
「笑顔でいなければ」と思うほど、顔がこわばる気がした。
患者様を変えることはできない。だから自分が変わるしかない——そう思って、変わろうとした。でも、できなかった。
居続けるほど、「できない」が積み上がっていく感覚だった。

それでも、10年近く医療の現場にいた。3つの病院と、1つの自治体。
最初の病院は、病院統合で通勤が不便になったため異動した。2つ目の病院は、業務委託契約が終了したため3つ目へ。3つ目では適応障害で休職し、自治体事務として異動した。
振り返ると、自分の意志で「辞めよう」と動いたことは、ほとんどなかった。転職というより、流れに押されて場所が変わっていった。
それでも、異動や転職のたびに少しリセットできた。新しい職場は新鮮で、最初のうちは気持ちが軽かった。それで何とか続けてこられた気がする。
でも経験が積まれるほど、わかってくることがある。
「ここで無理をしている」という場所が、だんだん見えてくる。
病院独特の雰囲気、話題、会話。
ずっとその空気の中に居続けることに、少しずつ疲れていた。違う場所の空気を吸いたい、とどこかで思っていた。

医療の現場で、2回適応障害になった。
1回目は、地震がきっかけだった。
大阪北部地震の時、過去の震災の記憶が重なって、しばらく家に一人でいられなくなった。それでも仕事は続けた。服薬しながら、少しずつ一人で在宅できるように慣らしていった。自分で治した、という感覚がある。
2回目は、職場だった。
受付のリーダーを任されていた時期、上司から「接遇についてクレームが入った」と言われた。誰の、どの対応へのクレームなのか、なかなか教えてもらえなかった。部署の雰囲気が少しずつ壊れていって、ようやく「あなたへのクレームだった」と明かされた時、もう限界だった。休職した。
10年以上積み上げてきたのに、もうこれ以上は嫌だ、と心底思った。

今の職場は、お菓子屋さんと花屋さんを合わせた小さなお店の、総務事務だ。
接客はほぼない。電話対応はあるけれど、カウンター越しに笑顔を作り続ける必要がない。それだけで、気持ちの面でずいぶん楽だった。
自分がしたことで、誰かに喜んでもらえる実感がある。大げさなことじゃなくていい。「色々考えてくださってありがとうございます」、そのひと言で十分だった。
少人数で、女性同士の派閥もない。東京進出を目指して、前向きに動いている職場の空気がある。
「楽だ」と感じた時、少し戸惑った。
これが普通なのかもしれないのに、自分にはずっとなかったから。
どうしてもっと早く転職しなかったのかな、と思ったこともある。でも「合わない」の感覚がはっきりしてきた、このタイミングでよかったと今は思っている。

「向いている仕事」が何かは、まだわからない。
でも「向いていない環境」は、10年かけてようやくわかった。営業スマイルができなくていい場所。「できない」が積み上がらない場所。ただそれだけで、こんなに違うのかと思っている。

まだ途中だ。


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